エリア 三八

【青森LOVERS Web連動企画】私が永井大介(岩手県軽米町)です。/八戸三社大祭の「仕掛け」担当 笑顔呼ぶ山車作りを

2017.03.05

<ながい・だいすけ 1977年、岩手県軽米町生まれ。軽米高校卒業。東京でバイクの整備士などを経験後、帰郷。現在は、県内外の祭りを紹介するライター活動やウェブデザインの傍ら、八戸三社大祭の山車制作にも携わる。自身のブログ「からくり屋永匠堂」も好評>

<ながい・だいすけ 1977年、岩手県軽米町生まれ。軽米高校卒業。東京でバイクの整備士などを経験後、帰郷。現在は、県内外の祭りを紹介するライター活動やウェブデザインの傍ら、八戸三社大祭の山車制作にも携わる。自身のブログ「からくり屋永匠堂」も好評>

 昨年12月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は、八戸三社大祭を含む国内の「山・鉾(ほこ)・屋台行事」33件を無形文化遺産に登録した。神話や伝説などを題材にした豪華絢爛(けんらん)な山車行列が、古式ゆかしく繁華街を練り歩く八戸三社大祭は、多くの人を魅了し続ける。
 八戸市の南隣にある岩手県軽米町に住む永井大介さんも八戸三社大祭に魅せられた一人。県内外の祭りを紹介するライター活動やウェブデザインの傍ら、三社大祭の「からくり仕掛け」の制作にボランティアとして携わる。仕掛けは、人形や飾り付けの、せり上がりや回転で山車に躍動感を持たせる仕組み。永井さんは十六日町山車組の仕掛けを担当し、祭りが近づくと軽米町の自宅から毎日のように八戸へと通う。
 子どもの頃は建具屋だった祖父の作業場が遊び場で、工作が大好きだった。社会人になっても手先の器用さを生かし、東京のバイク店でメカニックや車の修理を手掛けたりした。「ネジが大好きなんです」と笑顔を見せる。
 家庭の事情で軽米町に帰郷してからも、物づくりへの情熱は変わらず、地元の鉄工機器を扱う工場に就職。そこで十六日町の山車制作責任者だった上司と出会い、「仕掛けを作ってみないか」と声を掛けられたことが三社大祭に関わるきっかけになった。
 「食事や買い物に行く身近な街に、日本有数の山車祭りがある。こんな魅力的なことに、なぜ気付かなかったんだろう」。仕掛け作りに夢中になり、すっかり「お祭り男」へと変貌を遂げた。今では仕掛けの制作だけでなく、人形の配置や山車の題材を考える役目を任されるまでになった。
 「山車が観衆にお披露目され、リモコンで仕掛けを動かす瞬間は今でも緊張します」と話しつつも、大勢の拍手に出迎えられる感動は、言葉にできないほどだという。
 本業のほかに制作ボランティアを続けられるのは、奥さんと子どもの理解があってこそ。「三社大祭は、伝統を守りながらも年々進化している。これからも祭りを見た人が笑顔になる山車を作り続けたい」。既に今年の夏を見据えている。

(東奥日報社)