エリア ニュース 西北

100年ぶり 神輿大修理

2017.07.02

神輿の屋根部分を丁寧に塗り直す白戸さん

神輿の屋根部分を丁寧に塗り直す白戸さん

 青森県鯵ケ沢町で340年ほど前に始まり、現在は4年に1度行われる白八幡宮大祭。開催年に当たる今年、祭りの主役となる神輿(みこし)の大がかりな修理が約100年ぶりに行われている。神輿は1685(貞享2)年、当時のほとんどの住民の寄付で作られ、修理を重ねながら今も現役で使われている。修理を手掛けている白八幡宮総代で指物師の白戸清光さん(74)は「地域にずっと伝わってきたものを守るために、しっかり仕上げたい」と張り切っている。
 白八幡宮には「鳳輦(ほうれん)」と「葱華輦(そうかれん)」の2基の神輿が伝わり、祭り本番には地区の漁師らに担がれて町内を巡幸する。しかし、前回2013年の大祭時、大雨に見舞われ、屋根の塗装がはがれるなど激しく傷んでしまった。白戸さんは5月中旬から作業を開始。神輿を分解し、屋根に漆を何度も塗り重ねたり、取り外した装飾の金具に金箔(きんぱく)を張り直したりしている。
 神輿の台座裏にはこれまでの修理の日付が書かれており、1回目は1789(寛政元)年、2回目は1924(大正13)年。いずれも地元の人が修理した。2005年に一部の修理が行われているが、今回は3回目の大がかりな修理となる。
 板を差し合わせて木工品を作る指物師として、明治神宮などの建具の製作をはじめ、各地の神社建築に携わった経験を持つ白戸さん。「100年ぶりの修理に関われるのは名誉なこと。職人としての誇りだ」と言い切る。「ここまで神輿を分解することはめったにない。木材には津軽に多いヒバではなくヒノキが使われていて、くぎを抜くと今でもヒノキの匂いがする。津軽で作られたものではないと思った」と話す。
 町教育委員会によると、白八幡宮の神輿は現存するものとしては県内でも最古級。御神庫には神輿が寄進されたことを示す寄進札が残る。そこには394人の名前が書き込まれており、当時410戸ほどだった住民のほとんどが寄付し合い寄進したことがうかがえるという。

神輿の台座を飾る金具の裏側。「大さか金田町-」と墨で書かれている(鯵ケ沢町教委提供)

神輿の台座を飾る金具の裏側。「大さか金田町-」と墨で書かれている(鯵ケ沢町教委提供)

 修理の過程で分かったことがある。05年の修理では、台座の金具裏に「大さか金田町 かざり屋五左衛門」の墨書きを発見。今回新たに屋根の蕨手(わらびて)と呼ばれる部分から「貞享二年三月吉日 かざり屋五左衛門」との墨書きが見つかった。
 町教委の中田書矢総括学芸員によると「大さか金田町」は現在の大阪市中央区博労町付近。中田総括学芸員は「白八幡宮の神輿は、上方の職人が制作し、日本海を船で運ばれてきたとみられる。台座の裏書きは鯵ケ沢の人が修理・補修を繰り返しながら今日まで受け継いできたことを物語っている」と説明。さらに「担ぐ人が途絶え保管されているだけの神輿と違い、祭りで使われ続けてきたからこそ修理もされてきた。今も現役の神輿であり続けていることの意義は大きい」と強調する。
 8月14日からの大祭本番に向け修理は大詰め。白戸さんは「お金をかければ新調することもできるかもしれない。でも、こんなに歴史のある神輿はない。飾りの金具を付けて完成すれば本当にきれいで立派になるよ」と神輿を前に笑顔を見せた。

(東奥日報社)