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ねぶた制作 長野県出身者が弟子入り

2018.05.11

竹浪さん(左)から、ねぶたの針金の組み方を教わる田中さん=5月上旬、青森市安方

竹浪さん(左)から、ねぶたの針金の組み方を教わる田中さん=5月上旬、青森市安方

 京都造形芸術大学日本画コースを今年3月に卒業した田中悠志さん(23)=長野県出身=が、青森市のねぶた師・竹浪比呂央さん(58)に弟子入りし修業に励んでいる。竹浪さんが主宰する「竹浪比呂央ねぶた研究所」(同市安方)で本格的に制作を学ぶ「研究生」で、県外出身者は初めて。田中さんは「学生時代にねぶたに出合い、本場青森の技術に衝撃を受けて引き込まれた。自分が思い描くものを形にできるように、表現の幅を広げたい」と意気込んでいる。
 「この肘の針金はもう少し上に寄せたほうが、墨入れ後の仕上がりがきれいになる」。5月上旬、同市安方のねぶた団地「ラッセランド」にある竹浪さんのねぶた小屋。今夏の青森ねぶた祭に向けた大型ねぶた作りが進む。そこに、針金を組む竹浪さんの手先を真剣なまなざしで見つめる田中さんの姿があった。
 田中さんの母校・京造芸大は2007年から、1年生の授業にねぶた制作を取り入れている。作品は「京造(きょうぞう)ねぶた」と呼ばれ、ねぶたと同じように紙や針金を使うものの、色を塗らないため全体が白いのが特徴だ。
 また、同大は08年から、京都市の粟田神社で約190年前に途絶えた秋の祭りの大型灯籠「粟田大燈呂(だいとうろう)」の復活に協力している。作り方はねぶたに近く、大きさは子どもねぶたほど。有志の学生が毎年制作に取り組んでいる。
 田中さんは必修の京造ねぶたに加え、1年生のころから粟田大燈呂作りにも毎年参加。灯籠で人物を制作するときに、自分の腕に線を引いて「より立体的に筋肉を表現する針金の曲げ方を考えた」というほど熱中していた。
 竹浪さんとの出会いは大学3年生だった16年9月。京造ねぶた制作の指導者として、竹浪さんが同大に招かれた。初めて間近で見る本格的な技に、田中さんは「これまで自分がやってきたものとは全然違う」と驚いた。
 その直後、同大と青森市の包括連携協定締結に合わせ、京造ねぶたを同市で初展示することに。現地で作品を作る学生有志の一人として、田中さんは青森県を訪れた。新幹線駅構内に展示してある青森ねぶたが初めて見る本物だった。同大教員らは「(田中さんは)磁石でくっついたかのように、なかなかねぶたの前から離れなかった」と話す。
 「これまでは針金で作る彫刻のように思っていたけれど、紙に色を塗ることで表現が広がる」と気付いた田中さんは、さらにねぶたを学ぼうと、4年生の4月から1カ月間、竹浪さんの研究所に滞在した。
 卒業制作も、やはり「ねぶた」。角材を立てるところから全て1人で作業し、約半年かけて日本神話に登場する「天手力男神(アメノタジカラオ)」を完成させ、学内の奨励賞を受賞した。「卒業後は本場に行って、さらに技術を習得したい」と考えた。
 青森市で修業を始めて約1カ月半。平日は市内の木工家具製造会社で社員として働き、仕事後も休日も毎日ねぶたと向き合う。指導する竹浪さんは「表現者は感性や教養を豊かにして人間性を高めることで、人の心を打つ作品を作れるようになる。その土台には『これをやるんだ』という揺るぎない情熱が必要。田中君は、その部分で絶対的なものがある。本物です」と話し、今後の活躍に期待を寄せる。
 「何年かかるか分からないけれど、技術を高めて、将来はねぶたの魅力を全国で伝えたり、いろんなジャンルでねぶたの技術を生かせる存在になりたい」と熱く語る田中さん。挑戦は始まったばかりだ。

(東奥日報社)