中南 青森LOVERS

道産子のわたしが青森県弘前市に移住したたった1つの理由

2016.07.26

はじめまして。
今日から「リアル青森」にて青森県弘前市から生の声をお伝えすることになりました斎藤美佳子です。
北海道生まれの41歳。 夫と息子との3人家族で暮らしています。

子どもの頃から転勤族で北海道内を転々とし、20歳になったら東京へ出て出張などで日本中を転々としました。

そして、2012年11月に、札幌市から移住してきました。
これから4回目のねぷた祭りを迎えます。

 

西弘ちょうちん祭りのねぷた運行

夫の弘前Uターンに伴い、青森県民になりました

わたしの夫は弘前生まれの弘前育ち。
18歳で進学の為に弘前を出てから、北海道や東京で過ごしました。

地元へのこだわりが強く、新卒時、30歳の時とUターンしようとしましたが、就職難で断念。
介護職の経験と資格を積んでから、40歳を過ぎて3度目のUターン挑戦で帰ってくることができました。

そこでわたしも札幌での勤めを辞めて、3歳になる直前の息子とともに、フェリーに軽自動車を乗せて引っ越して来たわけです。

フェリーに乗って移住

フェリーに乗って移住

最初は夫の親族と友人しか知り合いがいなかったけれど…

さて、津軽海峡を渡って青森県の中に入り、弘前市民にはなったものの、 わたしには知り合いがいませんでした!

正確には、夫の親兄弟親戚、夫の旧友の皆さんとは知り合いでしたが、自分の友だちはいませんでした。

夫は転職先の新しい仕事を毎日遅くまで頑張り、わたしは2歳の息子と段ボールの積み上がったアパートの部屋で途方にくれる日々……。

いや、途方に暮れている場合ではありません。
どうせ子どもにまとわりつかれて作業などまともに進まないので、バスと徒歩で子育て支援センターや気になるお店に出かけて歩いていました。

弘前は観光向けの地図の本はあるのですが、地元民向けの地図は1枚の大きなものしかなかったので、それをコピーしてバスの運行表、最寄りの停留所の写真と貼り合わせて冊子にして持ち歩いていました。泣ける!

自作の弘前地図

自作の弘前地図

それから2年経ったら、フリーランスとして開業していました

その後、色々な山や谷がありましたが、2012年11月に「さいとうサポート」を開業。

フリーランスとして事務代行や、訪問PCサポート、ホームページ・電子書籍制作、ハンドメイドのドール服のキセカエヤ、日々のブログやSNSでの情報発信など、できること・できそうなことは何でもやって、自宅事務所を拠点として仕事をしています。

弘前に来て3年半が経った今

弘前に移住したたった1つの理由は、「夫が弘前に帰りたかったから」です。
そして、定住したことが無いわたしは、「どこに行ってもやっていけるし、ダメなら別に行けばいいし」という考え方でした。

移住する前にも、夫婦で
「弘前で3年がんばってみて、ダメだったらまた帰ろう」
と話していました。

3年経った今、子どもも小学生になりました。 親のつながりもあり、今では弘前市内を歩いていると、夫よりもわたしの方が友人知人によく出会うようになりました。

開業してから始めたさいとうサポートのブログは、弘前が面白すぎて地域のニュースや情報を書いたり、子育てのことや趣味のことを書いたりしているうちに、開設1年半で月間5万回も読まれるブログに成長しました。

このたび、「リアル青森」のお話しをいただいたのも、日々発信してきたことを目に留めていただいたおかげだと思っています。

初回は、初めましての方への自己紹介でした。

放浪気質の道産子から見たリアルな青森の暮らし、これからこちらの「リアル青森」でも発信していきますので、どうぞよろしくお願いします。

羽州街道にて撮影した春の岩木山

(斎藤 美佳子)