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【青森LOVERS Web連動企画】私が福士裕朗です。/立佞武多制作者(五所川原) 日本の美 外国人にも

2016.11.07

<ふくし・ひろあき 1981年、五所川原市生まれ。幼少の時からねぶた作りに憧れ、小学3年生の時から市役所互助会などで紙貼り作業や前ねぷた作りを経験。高校3年生の時に下平井町町内会の中型立佞武多を制作する。青森公立大学卒業後、立佞武多制作から一時退くが、2008年に立佞武多制作者となった>

<ふくし・ひろあき 1981年、五所川原市生まれ。幼少の時からねぶた作りに憧れ、小学3年生の時から市役所互助会などで紙貼り作業や前ねぷた作りを経験。高校3年生の時に下平井町町内会の中型立佞武多を制作する。青森公立大学卒業後、立佞武多制作から一時退くが、2008年に立佞武多制作者となった>

 「全国で3人しかいない職」と胸を張る。五所川原市の夏祭り「五所川原立佞武多(たちねぷた)」の主役、高さ約23メートルの巨大な大型立佞武多の制作者は、五所川原市に3人しかいない特別な職だ。
 1996年、約80年ぶりに岩木川の河川敷で復活した五所川原立佞武多。紙貼りなどを毎日手伝ったことを振り返り、「これが最初で最後だと思っていた。参加できたのが財産で、自分の原点。地域の底力を見た」と目を輝かせる。
 制作した大型立佞武多は2台のみだが、初めて制作した「復興祈願・鹿嶋大明神と地震鯰(なまず)」は2015年2月、地球の裏側のブラジル・サンパウロで行われたサンバカーニバルに初出陣し、世界へ向けて五所川原市をアピールした。
 「立佞武多は市の資源の一つ。制作者の主観だけではなく、新しい人や地域と市を結ぶきっかけにしたい」という思いから、立佞武多原案は2パターン描き、平山誠敏市長に選んでもらっているという。現在は18年に制作する新作に向けて、普段から美術館や古本市などを巡り、題材や構図を考えている。「東京五輪に向け、外国人観光客にも日本の美として立佞武多をアピールできるものにしないと。『歌舞伎』を題材にしてもいいかも」と意気込む。
 同時に後継者育成にも余念がない。製作所のある立佞武多の館に通う地元の小中高校生に、顔や手のパーツ作りを指導。「来年には指導している高校生3人に、中型立佞武多を作らせたい。自分もそうだったが、大人と一緒の土俵に立ったという感動が自信になる」と表情を引き締める。「どこで縁がつながり、立佞武多ファンができるか分からない」とブログなどで情報発信も行う。
 9月24、25日に五所川原市で行われた「あおもり10市(とし)大祭典」、初めて昼運行に出陣した大型立佞武多。「青森ねぶたや弘前ねぷたのように、昼間の運行もありだと痛感した。県内の祭りの中でもまだまだ歴史が浅いからこそ、いろんなことに挑戦してもいいのでは。ヤッテマレの精神を発揮したい」

(東奥日報社)