東青

【青森LOVERS Web連動企画】私が喬俊和(青森)です。/中国人シェフ 故郷青島に思い重ね

2016.11.07

<きょう・としかず 1964年、中国・山東省青島市生まれ。中国で最上級位の国家特一級厨師の資格を持ち、中国国家要人・国際来賓要人の晩餐などを担当。94年に来日し青森市の中国料理店で腕を振るう。2010年から同市本町「小青島(しょうちんたお)」のオーナーシェフ>

<きょう・としかず 1964年、中国・山東省青島市生まれ。中国で最上級位の国家特一級厨師の資格を持ち、中国国家要人・国際来賓要人の晩餐などを担当。94年に来日し青森市の中国料理店で腕を振るう。2010年から同市本町「小青島(しょうちんたお)」のオーナーシェフ>

 青森を初めて訪れたのは1994年冬のことだった。自分の背丈以上に降り積もる雪。気分は体感以上に寒々しくなった。「なんて所に来てしまったんだ…」。あれから22年。今はすっかり「青森色」に染まった自分自身に苦笑しつつ、こう言い切る。「青森の全てが好き。特に冬は最高ですよ」
 出身地は中国を代表する貿易都市・青島(ちんたお)。幼少期から料理が得意な母親を手伝い、自然と料理人への道を志すようになった。調理師養成の短大に進み、20歳で就職した先は四つ星ホテル。政府要人や外国賓客を相手にツバメの巣やフカヒレなどの高級食材を使ったメニューを提供した。20代の終わりごろには150人を超すコックを率いる総料理長になった。
 県内で飲食店を営む男性から招請されたのはそのころ。映画の高倉健にあこがれ、家電製品がそろった日本の暮らしに夢を膨らませていた。「今を逃したらチャンスはない。後悔したくない」。将来を約束されていたが、青年料理人はさらなる高みを目指して新天地での挑戦へと歩み出した。
 市内の中華料理店の料理長を経て6年前に開業。生まれ故郷にちなんだ「小青島」を店名にした。今では本格中国料理を求めて県内外から訪れるリピート客も多い。「中国から知人が来ると、必ずと言っていいほど『青森はおいしいものばかり』と感嘆する。先日も食材の取り引き依頼があったばかり」と明かす。
 生まれ故郷と、青森は風景が似ているとも。「街が海に開けて、背後には大きな山。その山からはおいしい水が湧き出る。有名な青島ビールは、青島の山から流れる水があってこそおいしいんです。青島ビールを飲みながら青森の食べ物を味わったら、もっとおいしいですよ」とPRする。
 メニューには積極的に県産食材を使う。7月に青森市で開かれた「うまい森 青いもりフェア」でも、陸奥湾産ホタテガイや青森シャモロックなどを使った特製弁当が好評だった。「青森の人はもっと自信を持って地元の良さをアピールしていい。私もどんどん“第二の故郷”のお手伝いをしたい」

(東奥日報社)