下北 明鏡

【大間町のいいところ】マグロの名声を予言したSさん

2017.01.31

 昭和41年の夏、5歳になる長男に海を見せたくて、大間在住の兄夫婦宅へ出掛けた。七戸から今は廃線となった南部縦貫鉄道の気動車で野辺地駅へ。ボンネットが突き出た下北バスに乗り換え国道279号をひたすら北へ向かった。その頃はまだ道路も舗装されておらず、中村メイ子の歌「田舎のバス」のようにデコボコ道をガタゴト走った。
 ◇下風呂を通るころ、それまで母の膝に乗っていた長男が青々と波打つ初めての海を、窓に頬をつけ凝視していた。今は故人となったが、当時大間町役場に勤めていたSさんはとても親切だった。海辺を歩き、肉眼でもはるかに北海道が見える大間崎と弁天島などを少しおなかの出た体を揺すりながら案内してくれた。
 ◇「大間はのし、魚の宝庫でのし、日本海と太平洋の潮がぶつかる所なのでのし、小魚を追って大きなマグロがわんさと寄ってくるのでのし、今に十和田にも大間のマグロが届くようになるのでのし」。言葉尻に「ノシ」を付ける癖があるSさんはさらに「飛行機を使えば東京にだって届くのし、アッハッハ」。そう言って豪快に笑ったものだ。今、東京築地で大間マグロの競りが話題になるたび、私は50年前のSさんの豪快な笑い顔を思い出す。
(十和田市・清水冨孝)

(東奥日報社)